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曲目紹介はおいしい

ここ最近、所属しているアマオケの演奏会プログラムの曲目紹介を毎回一曲ずつ書いています。前々回はスペイン交響曲、前回はイタリアのハロルド、今回はヤナーチェクシンフォニエッタ。基本的には自分が乗る曲、それが複数あるときは、特に思い入れが強い曲の解説を書かせてもらうのですが、どういうわけか僕が書きたい曲は書き手が他にいないらしく、手をあげると必ず回してもらえます。で、その手の曲はたいがい、ほかの曲よりも若干知名度が低くて書くためにいろいろ調べることになるわけですが、それがまた実に楽しい。たくさんの新しい発見があって、もともと思い入れのある曲が一層好きになります。

 

 スペイン交響曲のことを書くにあたって調べたら、作曲者ラロはフランス人だけど彼のおじいさんはスペイン人だったことがわかりました。と思ったら、スペイン人はスペイン人でも、バスク地方の人だということがわかりました。そして、バスク地方は当時確かにスペインの一部ではあったものの、狭義のスペインとは異なる文化的ルーツを持つことがわかりました。こうやって、いつ役に立つのかわからない知識が増えていくんですね。ちなみにヴァイオリンを弾く妻に、ラロってどこの国の人か知ってる?と聞いてみたら、(当然じゃねーかという顔で)「スペイン人でしょ」と即答。実際のところそんなもんですが、知らなくったって上手な人は上手なんですね。

 

 ベルリオーズは一番好きな作曲家なのでことさら思い入れがありました。そのときの演奏会では、「イタリアのハロルド」と「幻想交響曲」の両方を演奏するという、ベルリオーズ好きな僕にとっては鼻血が出そうなプログラム。あえて、もっともメジャーな幻想交響曲ではなく、演奏機会が少ない「イタリアのハロルド」をチョイスしました。この曲は交響曲名がついていますが、ヴィオラ独奏をともなう協奏曲のような編成。そういう曲は大体の場合、トロンボーンは出番が全くないか、あってもあまりウデを披露する機会が無いんですが(そのくせ間違えると無駄に目立つんですが)、この曲の4楽章は大活躍。エネルギーに満ちあふれた音楽で、僕はてっきり主人公ハロルドが冒険しながら青春の輝きを謳歌しているんだとおもっていました…が、実際のところハロルドは早々に山賊に殺されてしまい、全体を通してもっとも盛り上がる部分は、その山賊たちの乱痴気騒ぎ(主人公不在)だということを知りました。だから独奏ヴィオラはほとんどお休みだったのか。ちなみにこの曲についての面白いエピソードが、ベルリオーズ自叙伝に書かれているということも知りまして、これを機に買おうかとしたところ絶版。そして中古市場では高値がついていて断念。横浜市内の図書館で一ヶ所だけ置いているところがあったので、足を伸ばして来ました。図書館なんて久しぶりです。この本がめっぽう面白くて、そしてベルリオーズが相当イタいやつだとわかって、一層愛着がわきました。ちなみにその自伝に書かれている、パガニーニが彼の曲(=イタリアのハロルド)をほめちぎって大金をくれたというエピソードは本当らしいですが、それはパガニーニが本当に感動して金を出したのではなく、ベルリオーズを売り出すにあたって話題性を作るために出版社が画策した演出だった、なんてこともネットに書かれてました。壮大なるムダ知識ですが、こういう無駄が人生を豊かにしてくれると僕は信じています。

 

 最近はシンフォニエッタ。作曲者ヤナーチェクは、同じチェコを代表する作曲家といっても、スメタナドヴォルザークが西側よりのボヘミア出身なのに対してヤナーチェクはよりスラブ色の濃いモラヴィアの人で、ベースにしている民俗音楽の素材が違うらしいことがわかりました。研究者と協力して民俗音楽を収集して編曲して出版したもののあまり売れなかったとか。63歳になって、既婚者であるにも関わらず38歳年下の人妻に恋をしたとか、それがもとで名作をたくさん生み出したとか、かといって自分にも奥さんがいて、にも関わらず遺言をその人妻に有利になるように書き換えたから遺族がもめたとか。この人もなかなかのネタをお持ちです。それから、日本で数年前にブレイクしたきっかけになった、「1Q84」を読み返すことにしました。初めて読んだ時(演奏するというレベルでこの曲を知らなかった頃)には気が付かなかった突っ込みどころがありました。機会があったらまとめてみたいと思います。さらにいきおいあまって、ジョージ・オーウェルの「1984」も読みました。こんなに面白い小説をいままで読んでいなかったとは! ヤナーチェクが生きた時代は、ちょうど祖国モラヴィアチェコスロヴァキアとしてハプスブルク家の支配から独立した時代であり、シンフォニエッタにはこれに対する祝祭的な意味が多分に含まれているわけですが、ヤナーチェクの死後、自由を獲得したはずのチェコスロヴァキアは「1984」で描かれたような世界になってしまったというのが何とも皮肉です。

 

などなど。

 

 作曲者本人がどこまで意識したかはともかくとして、それぞれの曲にはいろいろなストーリーが詰まっていて、それを知ることで、なおさら曲を味わえる。実は事実誤認もたくさんあるかもしれませんが、そもそも作曲者の意図なんて本人以外わからないんだから、こっちはいろいろ空想して楽しめばいいんじゃないかと。そのへんはアマチュアの強みです。

 

 一方で、曲目紹介を書くにあたって、一番苦しむのが字数制限です。紙面の都合があるのでこればかりはしょうがない、かつ、素人がだらだら長く書いたものなんて誰も読まないよ、というわけで、自分が書きたいと思ったことの大半を削る、という作業が待っています。今回は、シンフォニエッタ村上春樹の長編小説「1Q84」で重要な役割を果たしていること、小説の人気のおかげで一時的シンフォニエッタのCDも品切れになるくらい売れたこと、みたいなくだりをがっつり削りました。残念。最初は、冒頭に小説の一文を引用して、そこから文章を広げていこうくらいのことを考えていたのですが、限られた文字数の中でこれから初めてこの曲を聴こうとしている人に伝えておきたいこと、ということから優先順位をつけた結果、「1Q84」については全部カット。

 

 本当は、もっともっと絞り込まなければならないと思っています。作曲者の生きた時代、パーソナリティ、作曲されたころの作曲者の境遇。これはお客さんに伝えておきたい!と思うことはたくさんあるのですが、いつも詰め込みすぎで結局平板な文章になってしまう、というのが反省点です。限られた紙面にきっちり記事を書き上げるプロの書き手というのはすごいなあと、半年に1回のペースで感心します。伝えたいこと、せっかく書いたことを削るのはつらいですが、この「削る」という作業が、文章を洗練された「よみもの」にするにあたって、もっとも大切なプロセスかも知れません。デキるひとは、もっとぐっと絞り込んで、それから膨らませて面白い文章に仕上げていくのでしょう。

 

 僕にとってこうして文章を書くというのは、すでにある曲を演奏することと似ています。作曲家が細かく指定した通りに演奏するという行為は、その作品を最大限味わうことに他ならないと思うのですが、つまりそれは、魅力的な作品が存在することが前提になっています。魅力的な書くネタがあるから文章を書くのも楽しいわけで。そういう意味では、文章を書きたいという衝動が昔に比べてずいぶんおとなしくなってしまった気がします。子供たちが大きくなってきて、日々の変化が少しずつ減ってきていることが大きいのかもしれません。書きたいと思うことが少ないなんて、人生がつまらなくなってきているようなものじゃないか!ということで、これからも曲目紹介はなるべく書かせてもらおうと思っています。そんなわけで、プログラムに載せられなかったネタも、どこかにまとめておこうと思って今さらブログはじめました。